podcast 61 地域の活性なんて言っている余裕は無い?

2010年11月29日

(↓黄緑色の三角をクリックすると音声が流れます)

先週の後半は一泊で東京に行っていました。
何をしにいってきたのかと言いますと、
感謝状をあげようと言って頂きましたので、
それを受け取りに出掛けてきたのです。

全国商工会青年部連合会という所から
「商工会青年部の運営と事業の推進、それと地域活性化に尽力」
した事に感謝状をくれるのだそうです。

滋賀県の商工会青年部の連合会の方から推薦をして頂いたと
言う事で、事前に連絡を頂きました。
しかも交通費も出しますよとの事なんですね。

青年部の大会の翌日には親会の商工会全国大会があり、
商工会法施行50周年ということで記念式典もある
ということで、そちらも合わせての参加が条件とのことでした。

以上のような経緯で機会を頂いて
東京に行ってきたという訳なんです。
4年ぶりの東京行きでした。

<たまに行くと、良いですねぇ、東京>
<たまに行くと、良いですねぇ、東京>

大会の夜は学生時代の同級生が3人集ってくれて
渋谷のおしゃれなイタリアンレストランで
飯何ぞを食いましたねぇ~。

<商工会青年部全国大会の会場>
<商工会青年部全国大会の会場>

さて、青年部の大会は渋谷のCC Lemon ホールという所で
開催されまして、最初に表彰式があり、その後に
各ブロックで勝ち抜いた方の主張発表の全国大会がありました。

<表彰式舞台裏>
<表彰式舞台裏>

それらの発表を聞いていますと
私も自分なりに色々とやって来たとは思いますが、
全国各地で色んな取り組みをされているものだなぁと
改めて思いました。

商工会組織とは全国各地の商工会、これは平成の合併以前には
各町村に一つずつあった組織でして、その構成は中小零細企業や個人事業主ですが、
そういう人達の集まった組織です。いわゆる町内の町工場や商店などですね。
都市部にある商工会議所とは別組織でして、それに関する法律も違うのですね。

さて、地域というものを考えてみると、地域って
自分の住んでいる環境なんですけれども、その中には
学校や、防災、ゴミ問題、防犯、生活者同士の人間問題、文化、宗教、祭りなどなど
色んな接点からの地域の関わりがあると思います。

地域社会は、ある程度は行政的な仕組みの中で運営されていきますけれども、
末端の現場では、結局誰か人の働きによって運営されていますね。

その「人」なんですけれども、それがちょっとした組織的な活動になったり、
平日の昼間からの実働が必要となるような場合など、
どうしても商工会の会員などが関わらざるを得ないような
状況というものがあります。

商工会兼、消防団兼、PTA兼、などなど色んな場面で関わっておられる方も
少なくないと思いますが、でもそうして自発的に関わっておられる方も
商工会会員の1割程度ではないかなぁと思います。

全国の商工会会員は全国で110万人と言われています。
その内の一割は約11万人、日本の人口の約0.1%。
一万人の町に10人とか、そんな程度ではないでしょうかね。
だから、あんまり目立たないかもしれませんね。

そんなこんな、商工会ですけれども、
その生活の基盤となる会社や商店の経営も
このご時世で苦しい所が多くて、地域振興なんて
余裕も持てないというのが正直な所だと思います。

けれど、
だからしょうがないよね~地域の事なんてやってられないよ~
子供が事件に巻き込まれようが、ゴミが散乱しようが、火災が起きようが
徘徊老人の捜索依頼があっても、目をつぶって自分の仕事を、、、、、
とはいかないほど身近な環境でもあるんですよね。

<式典のあった武道館>
<式典のあった武道館>

翌日開催された、商工会法施行50周年の記念式典には天皇、皇后両陛下も臨席され
天皇陛下は、近年の不況や過疎化、高齢化などの問題に触れ、
地域に根ざした商工会の幅広い活動は、ますます重要なものになってくると思います」と
あいさつをされました。

国レベルでも日本の社会の現場の問題点と、当面の対応者が誰かについての
認識はあるのだなぁと思いましたが、ますます重要との言葉の裏には
企業も競争が激しくて体力が弱ってますし、
市町村も合併して少し遠ざかった存在になってしまいましたので
一緒に活動していく仲間は少なくなりますから、ますます重要ですよと
言っている様にも聞こえて、ちょっと気が重くなるのも正直な所です。

そういった状況下で、無い頭で私なりに考えますと
やはり地域の中で経済が回る仕組みを作っていく事が
大事なのだろうなぁと思うんですね。

グルグル回して地域の中でお金が沢山動けば
動いた分だけ人や物も動いて活発になっていくという事だと思うんですが、
鮒寿司につても、その関連で関われると言いなぁと思っているんですね。
なかなか、具体的なビジネスにはまだまだ至りませんけれどもね~。

でも、こうしてブログなどで発言していますと
色んな人と出会ったり、知らなかった考え方などを学んだりする
機会も沢山出来ました。そんな事も含めて
是非何らかの地域の活性に結びつく活動を実現したいなぁと思っています。

<こんなのを頂きました>
<こんなのを頂きました>

 

<外部リンク>

商工会
全国商工会連合会
商工会法施行50周年記念式典

人口が減っていく地域で地元資産を活かしていく仕組って?

2010年11月23日

<與志漏神社>
<與志漏神社>

今回は鮒寿司とは直接関係ないのだけれど、
先週末の3時頃から出掛けてきた與志漏神社周辺の
お話をしたいと思います。紅葉を散策してきたのです。

ところで、今時分の3時ってもう日が傾いて
黄昏時が迫ってきているような、急かされた気分に
なってきますね、そんな事無いですか?

さて、與志漏神社はここにあります。

より大きな地図で 鮒寿司の壁 伊香郡四十六座 を表示
與志漏神社は延喜式にも掲載されている古い神社です。
浅井郡とはひと味違った伊香郡の特徴は山岳宗教
ここの神さんの名前や山岳宗教にも興味がありますが、
今回は止めておきます。

<與志漏神社から見下ろす古橋の集落>
<與志漏神社から見下ろす古橋の集落>

木之本町古橋という地区ですが、ここから鶏足寺石道寺までの
1kmほどの距離を、紅葉を散策しながら田舎道を散策する為に
近隣他府県からも団体で沢山のお客さんが来られます。

鶏足寺までの畑道を観光客がそぞろ歩きしています。そして、
その道程のあっちらこちらに茶店のように色んなお店が出ています。

<段々畑の道中にたつ色んな茶店>
<段々畑の道中にたつ色んな茶店>

茶店のほとんど、地の物の商品と言えるような物です。
野菜、お米、果物、ハーブ、木工細工、漬物、
その場で調理するものも、子鮎の天ぷら、
焼き芋、みたらし団子などなど、、、、、。

<己高山の薬草で作った入浴剤の登旗とハーブ畑>
<己高山の薬草で作った入浴剤の登旗とハーブ畑>

<琵琶湖にしかいない子鮎の天ぷら>
<琵琶湖にしかいない子鮎の天ぷら>

<みたらし団子屋で休憩>
<みたらし団子屋で休憩>

畑の地主さんがやっておられるのか、貸しておられるのか?
そこまでは分かりませんでしたが、観光ルートの道筋だけでなく
集落の道筋のあちらこちらでも野菜や漬物などを販売されていたり
無人販売所もありました。集落全体で関わっておられる様です。

普段は静かな山麓の集落です。
勿論観光専用の駐車場も十分ではないようで、
住民の方の土地を臨時駐車場として解放したりしています。
次から次へとマイカーや観光バスが押し寄せて来ます。
とにかく沢山の車で、至る所に路駐もありました。

道路のポイントも警備員が立つのではなく、
最低限のボランティアスタッフらしき人がおられる程度。

こうして急激に観光客が来られる所では
マナーの悪い観光客、例えば通行の妨げになるような
路駐の仕方をされる方やゴミの散乱などが問題になることがあります。
住民の方々はさぞかしイライラしておられるのか?
というと、そういう印象は見受けられませんでした。
(分からないだけかもしれませんが)

客層の平均年齢が高い為でしょうか?
販売物にゴミになる要素が少ないから?
長閑な環境が人の心を和やかにさせる為?
古くから神社仏閣の建ち並んだ神聖な地区だから?

色んな要因はあるのでしょうが、
私は地元の方々自身が自分の住む地域の
観光などの資産の価値の引き出し方やその運営方法を
知っておられるのではないか、と思いました。

実際、私が目にした範囲内では
悪質な路駐やゴミの散乱は見受けられませんでした。

田舎の活性化の大きなヒントがある様に思いました。

<紅葉はちょうど今がピーク>
<紅葉はちょうど今がピーク>

<古代、山岳宗教の指導者が農業の指導もしたと言われていますね>
<古代、山岳宗教の指導者が農業の指導もしたと言われていますね>

今回訪れた與志漏神社の場所を掲載した地図、その右下辺りにある
石道寺、鶏足寺を訪れた時の動画はこちら↓

 

<外部リンク>
己高山鶏足寺 紅葉

琵琶湖の漁師さんの意見から – 鮒寿司を考えてみよ〜

2010年11月23日

今回はある本を紹介したいと思います。

以前、南郷水産センターでM.O.H通信の辻村さんから
紹介頂いた、守山漁協の戸田さんですけれども、
お話し頂いた内容や、活動しておられる事を聞いて
以前どこかで聞いた事が、、、、と思いましたが
思い出せません。

「以前長浜のタウン誌に載った事はありますか?」
と尋ねましたが、そんな事は無いとおっしゃいます。

漁師の方が琵琶湖の環境について発表している記事か何かを
読んだ記憶があり、しかも何となくそれは
戸田さんではなかったか?と直感的に思ったのですが
記憶が定かでありません。それで話はそこで終わりました。

ところが、ふとしたことで
わたし琵琶湖の漁師です』という本を見つけました。
著者の欄に戸田さんの名前を見つけて
ああ、やっぱり!と思いました。


早速読んでみると、南郷水産センターで話されていたのと
同じ語り口調の文体で書かれていて、あぁ、あの戸田さんだ
と思いました。

本の中身は琵琶湖の漁や魚の紹介や、自分の話、
そして外来魚の問題の話などが語られています。
ニゴロブナ以外の琵琶湖で獲れた魚の
ナレズシの話も出ています。
10年前から実践されているんですねぇ。

私はいつ頃からブルーギルブラックバスを認識しだしたのか?
これも記憶は定かではありませんが、戸田さんの本によると
ブルーギルを初めて見たのは18年ほど前と書いています。
2001年に原稿を書かれた様ですので、1983年頃ですね。
ブラックバスを見かける様になったのはそれから
4〜5年後からだそうです。

戸田さんは
〜 北湖のバスの腹には、わしらが漁をするアユやホンモロコが詰まっています。
「お前ら、オレらと同じ舌持っとんのか。食うて美味しいの、分かるんかい!」
思わず、こういいたくなります。
 〜
と語っています。

戸田さんはバス擁護論に対しては激しく反対論を展開されていますが
生活がかかっているので当然の事と思います。
逆にバス擁護論からも激しい反論もあります。

これらは一見、生活者と趣味者との見解の相違の様に見えて
そうではなく、やはりこれは両者の背後に
経済を背負っているので激しくなるのだと思います。

勿論、琵琶湖の在来魚が激減している原因は
外来魚が在来魚の稚魚を食べてしまうだけではありません。
圃場整備や護岸工事で在来魚の産卵場所が減ってしまったも
要因と言われています。

琵琶湖は、特に湖北から見る琵琶湖は
対岸が霞むくらいにとても大きく、自然の雄大さを感じます。
しかし、そんな大きな琵琶湖でさえ人間は飲み込んでしまっています。
人間の管理なしに今の琵琶湖のを維持することは不可能な状態です。
その意味では、ブラックバス以上に貪欲で
何でも飲み込んでいくのが人間なのかも知れませんが、、。

その琵琶湖が「ラムサール条約(特に水鳥の生息地として
国際的に重要な湿地に関する条約)」の指定を受けています。

ラムサール条約については、戸田さんはこんな事を
書いておられます。
〜 「古代から代々おこなわれてきた漁業は賢明な利用の仕方である」と
書いてあるんですわ。 〜 私は「琵琶湖の漁業はこれや」と思いました。
「待ちぼうけの漁」は琵琶湖漁師の賢明な知恵やったんです、魚を絶滅させず、
漁師も一緒に生かしてもらう知恵、広くて狭い琵琶湖で魚と仲良く
暮らしていく知恵なんです。
 〜

日本は成長経済から成熟経済へと移行していると言われますが、
その経済モデルを多くの人がイメージ出来ずにもがいています。

そんな中、持続可能な経済とか?そんな問いかけに対して
M.O.H通信の辻村さんや守山漁協の戸田さんと
繋がったのかのかなぁと、フと思いました。

<内部リンク>
南郷水産センターでの話はこちら ==> 琵琶湖産の魚のナレズシ、県外産の鮒のナレズシ

<外部リンク>
M.O.H通信
ラムサール条約

podcast 60 水陸両方=鮒&米を意識した地名

2010年11月22日

(↓黄緑色の三角をクリックすると音声が流れます)

今回は先日配信しましたメルマガの記事について
メールを頂き、その返事を書いている時に
気が付いた事を書きたいと思います。

頂いたメールはこんな内容でした。

「彼女の母親の入籍前住所の欄に「竹生村(ちくぶむら)」の
文字が見えたのです。竹生とは竹生島の村です」

という部分はこの村の成り立ちからいうとおかしいのでは?
というメールでした。

私は漠然と、自分の住んでいる集落でも鮒寿司は、
ごく普通に漬けられていたものと思っていました。
しかし、色々人と話をすると近所の年配の人でも
漬けた事が無い人も沢山おられて、鮒寿司が
ごく普通の料理という訳でもないらしいのですね。

では、なぜうちは鮒寿司を漬けていたのか?という事になるのですが、
そのルーツの答えが竹生村という文字に見えたような気がした、
という事をメルマガで書きたいと思いました。

<話している内容の地図>
<話している内容の地図>

伊吹山の水を集めて流れる川を姉川といって
姉川は伊吹山を下って琵琶湖に向かって西に進み琵琶湖の河口手前で、
滋賀県の北側の山々から水を集めて南下してきた高時川と合流します。

この川が合流して時に反乱しつつも肥沃な穀倉地域が
今の長浜市内のうち旧びわ町と呼ばれた一帯でした。

そのびわ町の前身は明治の廃藩置県によって整理されて
南側の地域を大郷村、北側の地域を竹生村とされていましたが、
戦後この二つの村が合併して出来たのがびわ村になり、
更にびわ町になりました。

とってもローカルな話をしていますが、
お分かり頂けますでしょうか?

さて、その竹生村の名前にも表されている竹生島ですが、
これは私の中ではまだ妄想の域ですが、
この島はこの明治以前に呼ばれていた旧浅井郡
これは律令制が始まった頃から存在する郡ですが、
この地域一帯の要の島でもあると思っています。

この浅井郡の場所ですけれども、琵琶湖に浮かぶ竹生島から
みて北側の陸地と東側の陸地が両域でした。
竹生島から見て東北の方角は伊香郡と呼ばれ
別地域になっていました。

島にある竹生島神社(都久夫須麻神社)の御祭神は
浅井比咩命(浅井姫命)です。

浅井郡の両隣、東北部側を伊香郡、東側を坂田郡といいますが、
それぞれの郡には伊香連坂田氏などの律令時代以前からの有力豪族の名
が残っていますが、浅井郡にはこの地域を支配していた
有力な豪族の痕跡は残っていません。

この浅井郡がどうして東西に別れてるのか?の疑問については
長浜市の文化財保護センターで伺った話では、

律令時代のこの地域は当然水陸両域が郡域で、
今の時代の視点で陸だけを意識すれば分割されているが、
昔の暮らしの視点で水陸両方を意識すれば一つの地域だ。
その要が竹生島だという考え方は間違えではないと思う
といった話をされていました。

つまり、浅井郡は水域と陸域を合わせて浅井郡であるということで
ちょっと他に例がない珍しい地域です。(私が他の例を知らないだけ?)

そのような水陸両域を意識した地域、
これは置き換えれば水産物と陸産物とも言えますが、
この両方の恵みの多い地域とも言えます。

の恵みの代表する食べ物となれば、それはお米となりますし、
それらだ合わさった象徴的な食べ物が鮒寿司と言えるように思います。
当時貴重な動物性タンパクの長期保存にはお米が必要でした。
漁獲量が多くても穀倉地帯でないとそのタンパク源の保存は不可能です。
その意味でも湖と陸の両方の恵みがあってこその鮒寿司と言えます。

つまり竹生島(御祭神浅井姫命)=水陸両域を浅井郡と成す要の島=
水の恵み(鮒)+陸の恵み(米)=鮒寿司

これらが密接に結びつくというのが私の妄想です。

話を元に戻しまして

竹生村の由来を調べていましたら、『滋賀県市町村沿革史』という本に

~ 富田村ほか10ケ村の合併案については、何ら反対意見なかった。そこで
県は、「従前早崎村ノ付属ナル」「湖上ニ孤立スル竹生島・・・ヲ・・・
本村ノ付属ト」し、その名を採って新村名とした。
 ~

との記録があります。
これは竹生島が支配するとか、領有する意味での竹生島の村という意味ではなく
新しく村の名前を付ける時に、この地域を象徴する名として村の名に
竹生島を掲げたという意味で竹生島の村と言えるのではないか?と
思ったのですね。

そこから、
「彼女の母親の入籍前住所の欄に「竹生村(ちくぶむら)」の
文字が見えたのです。竹生とは竹生島の村です」
というメルマガの文に
繋がっていきます。

私のルーツの一つが竹生村にあり、私が鮒寿司にこだわる
理由を強引に結びつけてみよう!と思った次第なのですね。

妄想が先走ってうまく説明が出来ませんでしたが、
言いたかったのはこんな事なのです。

ちなみみこの竹生村と大郷村が合併してびわ村になる
経緯ですが、ここでも『滋賀県市町村沿革史』によると

〜 新村名「びわ」は村の位置が「琵琶湖畔にある為に豊穣なる土地、
多量の漁獲物等、全く琵琶湖に生きる事の多い意味で」選定されたが、
当用漢字になく、かつ書きにくいためにひらがなにした
 〜

とあります。

琵琶湖に面した地域で稲作の穀倉地域とされる場所は
滋賀県内他にも沢山ありますが、これほど水陸両方の恵みを意識して
地名を名付けたというのも、なんだか象徴的な意味あいが
ありそうだなぁと思ってしまいます。

といことで、今回はとてもローカルな話ですが、鮒寿司に関連して
湖と陸の両方の恵みを意識した地域について話をしてみました。

江・浅井三姉妹博覧会の前売り券のお知らせ

2010年11月19日

江・浅井三姉妹博覧会の前売り券の販売代理をしています。

<博覧会前売りチケット>
<博覧会前売りチケット>

江・浅井三姉妹博覧会とは来年NHKで放映されます大河ドラマ
「江・〜姫たちの戦国〜」に合わせて長浜市内で一年間開催される
博覧会のことです。

博覧会の内容については下記リンクをご覧下さい。

浅井・江のドラマ館  ¥500円
小谷・江のふるさと館 ¥300円
長浜黒壁・
・・歴史ドラマ50作館  ¥300円
浅井歴史民俗資料館  ¥300円
小谷城戦国歴史資料館 ¥300円
博覧会バス
(会場間シャトルバス)¥500円
ーーーーーーーーーーーーーー
合計¥2,200円

これらが前売り価格で¥1,000円となります。
来年一年間有効です。

販売場所
浅井商工会館や長浜市役所担当課内などで
窓口販売をされています。

窓口まで買いに行けないという方で
前売りチケットを希望されます方は
「前売りチケットの件」と用件をお書きの上
問い合わせフォームよりご連絡ください。

<外部リンク>
江・浅井三姉妹博覧会とは
浅井商工会館