鮒寿司 呑み仲間に持っていこう。

2010年11月18日

商工祭りでの手違いで在庫になってしまった鮒寿司を
買っていただいた方からの感想、その2です。
アンケートをお願いしましたが、お名前の欄が空欄でしたので
名前無しで掲載させていただきます。

2010.11.09

(小包を開いた瞬間はどんな印象でしたか?)
呑み仲間に持っていこう。家にも少し残していこうか。しかし無理だ。

(真空パックを切った瞬間の第一印象は?)
少しやわらかいな

(どんな風にして食べられましたか?)
もちろん日本酒

(家族や周りの人の感想は?)
値段はリーズナブルとのご信託。少し柔らかいかな。

と感想をよせて頂きました。
ありがとうございました。

呑み仲間に持っていこうなんて言っていただけると嬉しいですね。
友人たちとの楽しい飲食の時間のお役に立ったのなら幸いです。

それから、鮒寿司の柔らかさについての指摘がありますけれども、
確かに鮒寿司はその食感の堅さににバラツキがあるように思います。
食感の固い物、弾力のある物、柔らかい物、漬け方による差なのか
色々あるように思います。

実は以前南郷水産センターで食べた五目鮒寿司でも
これは逆に、普段私が食べている鮒寿司と比べて
食感の固さを感じました。

こういった差は
漬ける時の重しの重さの違いなのか?
つけ込むご飯の固さの違いなのか?

っぱさ、っぱさ、ニオイの強さについては
関心を持ってきましたが、正直なところ
食感の固さについては関心を払ってきませんでした。

科学的なデータも持ち合わせていませんが、
ここはWFFCの会長の名に掛けて
何らかの説明を加えてみたいと思います。

ということて早速、県の工業技術総合センターへ
質問メールを出しました。(^^ゞ
回答が来たらお知らせしたいと思います〜。

私の鮒寿司漬けのルーツについての妄想

2010年11月16日

先日のことですが
公務員を定年退職されて悠々自適な暮らしをされている
近所の方と、世間話をしておりました。

その方も数年前に商工会の鮒寿司講習会を受けて
その後は毎年鮒寿司を漬けておられるようで
自然と話題は鮒寿司の話に移っていきました。

「子供の頃、うちでは鮒寿司なんか漬けてなかったけど
冨岡君のところはどうだった?」

「うちは漬けてましたね〜。子供の頃に祖母さんと母親が
鱗取りをしているのを見ていたり、取り出した鮒の
浮き袋で遊んでいたのを鮮明に覚えていますわ〜」

「そう、僕は子供の頃は知らなかったなぁ〜。
初めて鮒寿司を口にしたのは姉が嫁に行った先のうちで、
何だこれは!とビックリして食べられなかったなぁ〜。
それが今では酒のアテには最高の一品に (^^♪

「うちの母親も実家では漬けていなかったと言っていましたわ。
結婚してこちらに来てから鮒寿司の漬け方を知ったとの事です」

「という事はシゲやん(祖母の名前)が知っていたんやね」
シゲやんは一人っ子で養子取りだっだね?」

「そうですね、それから祖母さんの母親は
香花寺(琵琶湖に近い村)から来ていますね」

「そうか、冨岡君ちの鮒寿司のルーツはシゲやんの
母親の家から伝わったんだね〜」

「なるほどねぇ、そうかも知れませんね」

<鮒寿司の伝わっていった系図?>

<鮒寿司の伝わっていった系図?>

祖母の人生の前半はとても寂しいものでした。
両親の結婚生活は3ヶ月でした。祖母の母が妊娠した頃
祖母の父は家の修理中に屋根から誤って落ち、
それが元で亡くなったそうです。

ですから、父もいない兄妹もいない母子家庭でした。
更に祖母が大人になって結婚して子供が4人出来たものの
夫は出征し戦死してしまいました。

戦争中だった当時はそういう家庭があちらこちらあって
特に珍しい事ではなかったのかも知れませんが、
私の父が家主の役を担うまでは祖母と曽祖母の母子は
細々ながら力を合わせて血脈を繋げてきたということなのですね。

料理は母から娘へ継承されるものなのか?
その辺りは私はよくわかりませんが、母子家庭であった
祖母は料理に対して曽祖母の影響をより大きく受けたのは
想像に難くありません。
曽祖母の出身は旧竹生村香花寺という所です。

<旧竹生村のおおよその範囲>
<旧竹生村のおおよその範囲 竹生島を含む琵琶湖東岸の地域>

我が家に鮒寿司が伝わったのは、曽祖母の出身地からという
想像は楽しいですし、ロマンもありますが
既に亡くなった人々ですので聞き取り調査も出来ません。
ですから鮒寿司のルーツはファンタジーです。

私が一押しでお薦めの書に
「ふなずし」を考える』という小冊子があります。
その冊子には鮒寿司研究の第一人者の堀越教授の調査資料も
掲載されています。その中で鮒寿司は琵琶湖岸や河川流域の集落だけでなく、
そこから離れた地域でも漬けられていることが示されています。

県内全般に広がっている鮒寿司漬けの風習(伝統?)は
祭りなどで象徴される集落毎の風習や伝統の継承という事もあるでしょうが
それ以外にも、血縁を通じて家から家へ、集落から集落へと
伝わっていった要因も多いにあるのではないか?と
ふと思いました。

私の鮒寿司漬けのルーツは3代前に琵琶湖岸の村から
伝わったというのは、ちょっとエキサイティングです。

更にその技術を伝えた人々は、瀬戸内海を通って
琵琶湖岸へと移動してきた人々で、その移動して来た人々は
遥か東南のメコン流域から、何世代もリレーしながら日本に渡り
東進して来きた人々だった。その人々がたどり着いたのは
稲作と淡水魚の豊かなこの地域だった〜
と考えるのは無理のない妄想です。

実在するバトン「鮒寿司」がありますのでね。

<メコン川流域の淡水魚を米と漬け込む保存後術の伝播?>
<メコン川流域の淡水魚を米と漬け込む保存後術の伝播?>

商工会の鮒寿司講習会の記事ついてはこちら。
お薦めの小冊子『「ふなずし」を考える』の記事はこちら。

<外部リンク>
小泉武夫さんのメコン川流域の食文化の話

podcast 59 鮒寿司に求められているのは何か?

2010年11月9日

(↓黄緑色の三角をクリックすると音声が流れます)

今回は「WFFC」宛に頂いた鮒寿司の感想メールについて、
少し紹介を交えながら思いつく事を話してみました。
鮒寿司好きな人が鮒寿司を食べる事で何を得たいと思っているのか?
この問は深くて難しいです、、、、。

<湖北野鳥センターから見た日没>
<湖北野鳥センターから見た日没>

パノラマ写真に合成して遊んでみました。

「記憶」を満足させる鮒寿司の「強烈さ」

2010年11月8日

鮒寿司を買って頂いた木内さんから
コメントを頂きました。転載して紹介させて頂きます。

2010.11.04

先日、お譲り頂いた鮒寿司の感想です。

とても美味しく頂きました。
小生と娘で、そのままで醤油もつけずパクパクと一匹(むろんメシも)
を、のこる一匹を女房を含めた3人でお茶漬けにして「うゥーっ」と
うなり声と共に一気呵成に掻き込みました。
卵を抱いた胴体部分は女房に任せて、娘と小生で頭と尻尾の取り合い
です。
塩代わりに鮒寿司のメシを入れて、醤油を香り付けにタラリと落とし
アサツキを少々のせて熱湯をかける。いつもは自分で煮る塩昆布を1、
2枚入れるのですが生憎切らせていましたのでシンプルに頂きました。
2杯目は富山のフグ卵巣の糠漬けが有りましたので塩昆布代わりに一
切れ放り込んだのも、同じ発酵食品同士の見事なコラボでした。
醤油は「三ツ星」と「ヤマロク」を常備していますが鮒寿司には迷わ
ず「三ツ星」、これまたホンモノの発酵調味料で旨味の深さが違いま
す。発酵食品3種のコンチェルトに酔いました。

実に美味しく頂きましたが、小生共には少し上品すぎて「物足りなさ」
も感じました。
「足りない」要素は鮒寿司独特の発酵臭や酸味などの「強烈さ」です。
以前小生の「鮒寿司体験」をメイルしましたが、昔(四、五拾年前)
の初心者には「お茶漬けにしないときつすぎる」アクの強さが懐かし
いのです。
ただし、この記憶は実物を離れた記憶のみに存する架空の味覚である
可能性はあります。今目の前に当時の鮒寿司が並んだとしても「物足
りなさ」を感じる可能性は大いにあります。記憶は肥大化しますから
注意が必要です。

前回も書きましたが、少し前「鮒寿司もどき」(味醂入りの全く匂い
なし)をもらってガッカリしましたが、ホンモノの鮒寿司を食べられ
てホッとしました。
この機会を下さった会長に改めてお礼申し上げます。

木内様ありがとうございました。
うわ〜フグの卵巣に興味津々です。一度食べてみたい〜。

そうですね、改めて「鮒寿司」の求められている事は何か?を
考えさせられますね。

「記憶」を満足させる「強烈さ」
そんな最強の鮒寿司に出会ったらどうなってしまうのか?
私も体験してみたいですね〜!

ありがとうございました。

podcast 58 問題解決の糸口は琵琶湖から

2010年11月4日

(↓黄緑色の三角をクリックすると音声が流れます)

鮒寿司の壁というブログを通じて、またはWFFCという会を通じて
どんどんと人の繋がりが出来ていきます。今回はそんな繋がりのうちの
一つの話です。