5月3日は鮒寿司に関連して興味のある祭りが〜

2012年4月23日

5月3日、とても悩ましい問題が起きています。
この日は二つの神社で祭りが行われます。
見に行きたいのですが、どっちに行くべきか〜〜

1つ、米原市 筑摩神社の鍋冠祭(なべかんむりまつり)
1つ、栗東市 三輪神社の鰌祭り(どじょうまつり)

筑摩神社の鍋冠祭は日本三大奇祭と言われています。
8歳の少女8人が狩衣姿に鍋を冠って筑摩神社まで巡行します。

筑摩神社に興味を持ったのは、発酵学者小泉武夫さんの
発酵する夜』という本で滋賀県立大学初代学長の
日高敏隆さんとの対談の箇所を読んだのがきっかけです。

発酵する夜

小泉 滋賀県はいろんな歴史やらありますから、面白い場所ですよね。そうそう、
『伊勢物語』に出てくる神社が米原にありまして。筑摩神社というんですが、
これがまたすごくて、日本唯一の浮気防止神社なんですよ。
日高 ひぇーっ、あの彦根プリンスの近くにある神社でしょ。僕は外から見たこと
ありますけど、そんなこと全然知らなかった。浮気防止とは、一体どういうことですか。
是非聞きたい。ここからが本題です(笑)。
小泉 では、これ以降は、ちょっと私たち二人だけの話ということで(笑)。

どうですか?こんな終わり方されたら気になるでしょう。
ちなみに対談時期に神社隣のエクシブ琵琶湖は建っていませんでしたから
間違わないようにして下さいね。

それでという訳ではありませんが、機会を見つけて神社に行ったりしました。

<筑摩神社 境内の案内看板1>

<筑摩神社 境内の案内看板1>

<筑摩神社 境内の案内看板2>

<筑摩神社 境内の案内看板2>

女性が鍋を冠るということについては
若しその中に犯淫の輩在るときは、必ずその鍋落ちて発覚す」とか
その年に褄を重ねた男の数だけ鍋を冠り、神輿の渡御にお供をし、
もしその数を偽れば神罰たちまちあたった
とか、随分生々しいことが書かれていますよ。

先日、長浜城歴史博物館が出している
『湖北の王たち 神功皇后から継体天皇へ』
という本を図書館で見つけて読んでいました。

その中で、時代は少し違いますが万葉集に読まれた歌から
湖北を考えるという章があって幾つかの歌が紹介されていました。

 

笠女郎(かさのいらつめ)贈
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)歌三種

託馬野(つくまの)に 生(お)ふる紫草衣(むらさききぬ)に染(し)め
  いまだ着ずして 色(い)に出にけり

────── 筑摩野に生え茂っていた紫草を摘み取って着物に染めましたら、
未だ着ていないのに(あなたとまだ深く契り合ってもいないのに)
人に知られてしまいました。

 

未詳(巻十 1817)

今朝行きて 明日は来(き)なむと 言いし子が
  朝妻山(あさづまやま)に 霞たなびく

────── 今朝は帰っても、明日はまた来るわよと言ったあの娘(人妻)の
名にふさわしい朝妻山に霞がたなびいているんです。

 

未詳巻(十二 3018)

高湍(こせ)にある 能登瀬(のとせ)の川の後(のち)も逢(あ)わむ
  妹(いも)にはわれは 今にあらずとも

────── 川上にある能登瀬へ帰った後にまた逢いましょう。いま逢いたい
けれど、ぼくたちはいま逢わないほうがよいのではないか…。

(p106〜 万葉時代の湖北 吉田一郎)

<天野川(息長川、能登瀬川)河口付近>

<天野川(息長川、能登瀬川)河口付近>

随分と大らかといいますか、自由といいますか、今の時代の
ちょっと息の詰まった感じからすると、羨ましさも感じる歌ですね。

昔この筑摩の地は御厨(みくりや)といって
朝廷の食糧調達に関わる所でした。

「筑摩御厨長」とネット検索すると必ず
鮒鮨などの食糧を貢納する役」という文が
セットで検索結果に現れます(笑)

それらの元ネタは『延喜式』内膳司条とのことです。
ちょっと難しそうですが、ざっくり言えば、
延喜式は古代の朝廷運営マニュアルで、そのうちの内膳司とは
天皇の食膳「供御」の調理を担当する部署のようです。

当時、この地域は中央と交流もあり、文化レベルの
高い人も沢山来たり住んだりしたでしょう。
ハイソサイエティの社交場でもあったのでしょうが、
その後に男女関係がなにか大きな社会問題になったのでしょうかね。

ちなみにこの筑摩の一帯は筑摩江といって
昭和22年までま大きな内湖があったそうです。
今では千数百年前の人々の見た風景を見ることは出来ません。

しかし、和歌ってある意味スナップ写真のようなものだなぁ〜と思うのですが、
和歌の字面を追っていると自分も同じ風景が見えるような気がしてきます。
いかがでしょうか。

<筑摩 今昔>

<筑摩 今昔>

<遠くの高い建物(エクシブ琵琶湖)の下に筑摩神社>

<遠くの高い建物(エクシブ琵琶湖)の下に筑摩神社>

<磯崎から筑摩方面>

<磯崎から筑摩方面>

またまた、話が長くなってしまいました。
もう1つの祭り、三輪神社の鰌祭りについては
こちら ==> ドジョウのナレズシ 三輪神社
筑摩神社の別記事は
こちら ==> 鮒寿司と朝廷

<外部リンク>
鍋冠祭 ==> 鍋冠祭保存会
ドジョウ祭り ==> 鰌祭り(どじょうまつり) 鰌取り神事
筑摩江について ==> 歴史地名ジャーナル

Comments (2)

櫻井信也4月 26th, 2012 at 10:06 午後

こんばんは。筑摩神社の祭礼については、神社での伝承はともかく、平安時代には、女性が一年間に関係を持った男性の数だけ鍋を奉納する、ということが行われていたようです。『米原町史』資料編に史料をあげているのでご覧下さい。執筆の担当は私です。簡単な解説も付けています。
5月3日は、栗東市の三輪神社にお越しになって、実際に「どじょうずし」をご賞味されては如何でしょう。冨岡さんのご自宅からだと、筑摩神社のほうが近いわけですから、訪れる機会はこちらのほうが多いでしょうし、何と言っても、「どじょうずし」は初めての経験になるでしょうから。5月1日に「どじょうずしの口開け」に当番のお宅におうかがいするので。5月3日の祭礼の時刻などを確認しておきます。

冨岡4月 26th, 2012 at 10:24 午後

櫻井さん
いつも貴重なコメントありがとうございます。
『米原町史』資料編、検索したら市立図書館の蔵書にありましたので、貸し出し予約をしました。
便利な世の中になったものです。

5月3日、本当に楽しみにしているのですが、どうやら当日所用が入りそうで
雲行きが怪しくなってきました…(´Д` )

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