2011年10月13日
滋賀県では鮒だけでなく鮎などその他の淡水魚の
ナレズシも漬けられています。
鮒寿司と同じように姿のまま漬け込みます。
漬け込む期間は違いはありますが、
製法や食べ方等は大きな違いはありません。
鮒寿司は近年諏訪湖でも製造を復活されましたが
琵琶湖特有の郷土料理と言っていいように思います。
しかし、鮎のナレズシは琵琶湖だけでなく
その他の地域でも作られていますよね。

<鮎寿しと鮒寿し 湖北水鳥ステーション 2009>
今年の夏に訪問した新宮市など熊野川流域では
サンマの馴れ鮓の源流とも言われている、鮎の馴れ鮓が
今でも作られています。また隣の岐阜県は長良川でも
鮎のなれずしがあります。
鮒寿司について、何か未知の気付きを得るために
ちょっと視点を鮎を軸に移して、
いつもと違う景色を眺めてみたりします。
そうすることで、何か気がつくかもしれないなぁ〜と思うのです。
そして、そんな気持ちでちょっとネットを
調べただけでも、違いが見えたりします。
長良川の鮎のなれずしは、身は開きますが琵琶湖と同様に
魚の姿のまま漬け込み、食べ方もいわゆる寿司とは違って
魚の身を食べる形態のようですね。
(まだ食べた事がないので、情報のみで書いています)
熊野川の鮎のなれずしの食べ方は、魚の身を食べるというよりは
発酵したご飯に寿司のように乗せて、ご飯と共に食べる
形態を取っています。棒寿司の形態?
地元の人の話ではご飯が貴重で
魚を発酵させる為だけに使うのは勿体ない
との気持ちが大きく働いているようです。
他にも探しましたら、栃木県にも鮎のなれずしがあるのを
発見しました。栃木県、鬼怒川の鮎のなれずしです。


<栃木 鬼怒川の鮎のくされずし>
こちらは、写真のようにぶつ切りにした鮎をご飯に漬けるようです。
ご飯も固めに炊いて、炊きあがったら一旦水洗いして糊気を取るとあります。
この料理は、鬼怒川沿いの上河内地区で保存食としてあったものが、
作る時期が羽黒山の祭りの時期であった為、いつしか祭りのごちそうとして
作られるようになったとあります。
「鮎のくされずし」を作る家はごく限られているようですが、
宗教との接点があった為に今まで作り継がれて来たという説明もあり、
ナレズシと神さんとの結びつきの強さを感じますね。
これに関連し、くいしん坊!万才のADさんのブログを
読んでいましたら、相当この鮎のくされずしは臭いようですね。(^^♪
それを松岡修造さんが「うまい」と言ってペロリと
食べてしまったと書いていました。
「こんなにおいしいものを食べているなんてぜいたくですね」とも
コメントされたそうです。
ん〜〜〜、気になりますよ〜〜!。
鮒寿司のように製品化されてネット販売されてるような事は
ないようですね。であれば即注文してしまいそうですが(^^ゞ
羽黒山の梵天祭りは11月23日、24日に行われるようです。
その時に出される「鮎のくされずし」。
何とか食べてみたいものです。
それから、気になるのはその製法ですね。
・必ずしも高温を利用しない、
・落ち鮎を使う(脂は乗ってない方がナレズシに向いている説)
・桶を逆さにして水を切る、
などなど、ちょっと詳しく知りたいですよ〜〜
<内部リンク>
ただ30年ものの熟れずしを食べるためだけに新宮へ
<外部リンク>
「新宮 鮎 馴れ寿司」画像検索 和歌山熊野川流域 魚を食べるというより発酵したご飯と共に食べる。
「長良川 鮎のなれずし」画像検索 岐阜県長良川流域 形態は琵琶湖の鮒寿司、鮎寿司に近いような…
鵜匠家に伝わる幻の鮎のなれずし 長良川の鮎のなれずしの製法をレポートしたブログ
「鮎のくされずし」画像検索 栃木県鬼怒川流域 鮎のなれずし
食の細道:その21~上河内名産「鮎のくされずし」 鮎のくされずしの製法をレポートしたブログ
第9回 ADのつまみ食い日記 松岡修造さんのエピソード
2011年10月4日
子供が中学生、高校生の頃になると
何かとコミュニケーションが難しくなる事がありますね。
小学生低学年の頃は
お父さん! お母さん! と
全権の信頼を寄せてくれていたようでしたが…
今では
ん?意外と万能でなくね?
あ、ばれた?と開き直るしかないですかね(^^ゞ
まっ、親と子の関係もありながら
互いに人対人の関係も作っていかないといけない、
そんな時期でしょうか。
うちは4人兄妹で末っ子が女なんですが
上の男3人はガタイは大きくなりましたが
口数は少なくなってきました。男はそんなもんです。
<家の前の田んぼも収穫が終わりました>
さて、
先日地元の中学生らと簡単な食事会をしました。
自分の息子達と同年代の子供達なんですが、
出席者の殆どが女子だったのです。
私もスタッフとして関わっている浅井三姉妹博覧会ですが、
地元で開催されていることもあり、地元の中学3年生有志が
ボランティアの「おもてなし隊」として半年間活動してくれました。
博覧会は12月までありますが、これからは受験シーズンということで
「おもてなし隊」は解散となった訳です。
それで~
その場で、何と言いますかこの時期の
男女の違いのようなものをマザマザと感じました。
<会場でいらっしゃいませの挨拶や、イベントの手伝いなど>
それまでの労をねぎらい、軽食とジュースで乾杯です。
酒は出しませんので、鮒寿司も出しません(^^♪
食事をしながら、一人ずつ「おもてなし隊」をやっての
一言感想を話してもらいました。
「ボランティア活動ができて良かった」
「全国から来られた沢山の人と出会えて良かった」
「お客さんにありがとうと言われて嬉しかった」
「イベントで色んな所に出掛けられて楽しかった」
「また地域の活動をやっていきたい」
などなど。
平均して女子の方がしっかりとした発言をしますね。
対人関係の距離感も、ヨソヨソしくもなく、馴れ馴れしくもない
いいバランスをとっていると思います。
談笑しているときの表情も落ち着いていて、大人びています。
落ち着き過ぎてオバチャン化しかけの子もいましたが(笑)
<あっという間に秋>
ま、こうやって何らかの形で地元の子供達と地域活動の場で
接点が持てるは何よりだったかな〜と思います。
こんな不景気な時代に地域活動なんてアホちゃう!
と言う人もいます。正論ご尤もでございます。
けど、
大人は何もしなかった
と、子供達に思われたくないのだなぁ〜
2011年10月1日
前回の記事にいくつかコメントを頂きました。
個人的には船で琵琶湖を巡る旅行プランにワクワクなのですが、
こういうワクワク感って、個人的な物なので表現が難しいなぁ〜と
思っていた訳です。
今回は独り善がりな感じが強すぎたかなぁ〜と
公開してから思っていましたが、
共感してくれる人がいて良かった良かった。
嬉しいものですね〜。
ということで、もう少しお話をしたいと思います。

<最近の長浜港>
コメントで高原さんが書いておられますが、
昔は白鳥丸という遊覧船があったんですねぇ〜
wikiに琵琶湖汽船について詳しい記事が出ていますが
随分と複雑な歴史がありますね。
琵琶湖では明治以前は和船による水運でしたが
明治2年に初めて蒸気船が就航し
水運は蒸気船の時代へと変わっていきます。
しかし、
明治22年に鉄道の湖東線(現在のJR東海道本線)が
開通しますと、船を使った輸送が減少していきます。
たった20年での様変わりです。
そんな中、明治27年に大津と石山・坂本を結ぶ
遊覧船の運航を開始するんですね。
その後明治37年の大阪博覧会に乗じて
「近江八景めぐり」をうたった旅客誘致や
昭和5年にはマキノスキー場開設にあわせて
夜行の「スキー船」の運航など、早くから
レージャー目的の運行があったんですね。
その当時の経済状況はどうだったのか、
どのような人がレジャーを楽しんだのか、
私はとても興味があります。

<昭和50年代の絵はがき、琵琶湖大橋とはり丸>
私が子供の頃も行楽が盛んで、
いわゆる団体旅行が大流行りでした。
明治後半から昭和初期にかけての経済や社会情勢と
私の子供の頃からバブル終焉の頃までとは
共通するものがあったのではないかと思えますね。
今はあまり団体旅行は流行りません。
団体でなくて個人でも皆が熱中する娯楽って
ないですね。個人がそれぞれの趣味を楽しむような、
娯楽的には静かな時代ですね。
そんな時代だから…という訳でもないですが、
小さな船を借り切って、又はオーナさんに協力頂いて
ノンビリと鮒寿司でも食べながら湖上で過ごすオフ会
なんでものやってみたいものですね。
湖上をノンビリ過ごすのなら、
春の気候の穏やかな時期がいいですかね。
となると、奥琵琶湖方面で湖上から花見ですか。
いいですね〜、一度やってみたいです。
<この動画は陸を歩いたものですが…>
それから、オフ会とはちょっと違いますが
いや、似たようなものですが、新宮のナレズシも
また是非食べにいきたい。
暫くは現地の方々はそれどころではないですが
落ち着いてきて、ナレズシ作りも再開するような事であれば
いずれはなれずし交流会も開催されるでしょう。
是非そちらにも参加して色んなナレズシを
食べてみたいなぁと思っています。
※ 報道ではあまり報じられていないようですが、
毎年なれずし交流会が開催されている熊野川町は
相当な被害があったようです。
ボランティア活動等は今は状況的に難しいのですが
そういう事ができなくても、好きな事を通じて
お客という立場でできる事もあるのではと思います。
いや、単にさんまの馴鮓が食べたいだけなのですが…
今回は妄想の上重ねでした。
(↓黄緑色の三角をクリックすると音声が流れます)
<外部リンンク>
熊野川なれずし交流会
台風12号の被害(熊野川町付近)
台風12号の被害~和歌山県熊野川町~