群言堂というシンボルを思い出した

2011年5月3日

今月15日に催す鮒寿司オフ会ですが、
能登川の子民家を会場としてお借りするにあたって
様々な人のご縁を改めて感じる事となりました。

ここの会場の運営にも関わっておられる
ファブリカ村の北川陽子さんを写真家の辻村耕司さんから
紹介して頂いたのですが、北川さんと事前の打合せでお話をさせて頂いた時、
何となく島根の石見銀山にある群言堂を思い出しました。

<子民家の縁から庭を望む>
<子民家の縁から庭を望む>

北川さんは織物の仕事に関わっておられ、フとした会話の中で
群言堂のことも良く知っておられることもわかりました。

<石見銀山の山中にある神社>
<石見銀山の山中にある神社>

群言堂とは石見銀山が世界遺産になってスポットが当たる前から
地元に根を下ろし、オリジナルブランドを創造しながら
事業をコツコツと成長させてこられた服飾ブランドメーカーです。

そして事業と同時に過疎化が進んでいる地元地域を守ろうと
空き家を買い取って再生させたりなど、複合的に色んな接点から
石見地域の魅力の保存と創造をされてきました。

<石見銀山 大森地区の家並み>
<石見銀山 大森地区の家並み>

私は地域の活性というテーマでさわかみ投信の仲木さんから
石見で勉強会があるからと誘いを受けました。2007年の事です。

当時私も地元の商工会青年部の活動で地域活性について
色々模索していましたので、こういう機会を望んでもいました。
けれども誘いを受けた時は、え〜っ?石見ってどうやって行くの?と
その時は地理情報も殆ど知らない未知の場所でした。

そんな縁遠い場所でしたが、基本的に人のご縁は
断らない(断れない)私ですので訪問させて頂く事となりました。
大阪まで電車で出掛けて、そこから夜行バスに乗ったのがよい想い出です。

<勉強会があった蔵の二階>
<勉強会があった蔵の二階>

勉強会が大森地区の家並みの中にある群言堂本店で
行われた事から、私は群言堂を知る事となります。
勉強会は本店の蔵を改造した部屋でおこなわれました。

その後、夕暮れ頃から阿部家という立派な昔の住宅を改装した建物で
夜樂」と銘打たれた群言堂の懇親会があり、それにも参加しました。

阿部家はいわゆる田の字の構造(わからないかな?)の建物を
そのまま活かしてあり、玄関を入ると正面奥が台所です。
玄関からはハッキリとは見えませんが奥から複数のスタッフらしき人々が
忙しそうに料理の準備をしている気配、音と匂いが伝わってきました。

<夜樂の会場>
<夜樂の会場>

残念ながら料理の写真はないのですが、
色んな種類の島根の地元の手作り料理が出されて、
この地域の豊かな食事のもてなし文化を感じました。

また、古い住宅の若干薄暗い照明の中で、ゆったりしながらも
普段より感覚を研ぎすましてして、食事をしたり話をしたのを
思い出します。

松葉社長や娘の由紀子さん、また夜樂に参加された
太田JCのメンバーの方々や勉強会に参加された方々と
ゆっくり食事をしながら、いろんな話をしました。

地産地消という言葉があります。

それは単なる物体としての商品ではなく、
昔ながらの資産を継承していく中で、お客さんの心をつかむ創造を
沢山の人が手を加えながら継続して行く事だなぁと、
そんなことを、その時に思った次第です。

その時感じた同じ雰囲気を子民家でも感じました。

↓群言堂につてはこの本が面白いです。
石見銀山 四季 暮らし ものづくり

 

<外部リンク>
群言堂のサイト
阿部家のサイト
ファブリカ村 北川さん

西洋科学(国際標準)が私と世界とを遠ざけてしまった?

2011年4月30日

以前にも増して地元地域をウロウロとする事が増えてきました。
地元滋賀は知れば知る程、触れれば触れる程魅力が深まって面白いです。

<高木浜から海津大崎、竹生島を望む>
<高木浜から海津大崎、竹生島を望む>

滋賀には縄文時代から現代まで生で触れられる歴史の現場があります。
本やテレビなどから得られる知識だけでなく、
歴史の中の人物が立っていたであろう、その場所に立つ事で
自分の身体を通して感じることが出来る醍醐味があります。

そうした空間で過去から脈々と続けられてきた人間の営みを
想像する事が私は好きなのですねぇ〜。

そんな趣味?の中で、あまり身近でない昔の表記や単位なども
目にする事も多くなります。最初は慣れないのでピンと来ません。
しかし、わかってくると理にかなっているというか
より世界が身近になるなぁと思うのですね。

<( Photo by (c)Tomo.Yun )>
<( Photo by (c)Tomo.Yun )>

以前にも書いた事がありますが「石(こく)」という単位、これは体積を表します。
鮒寿司が何千年と受け継がれてきた背景に、この地域のがお米の豊かな
地域であった事を近江の米の石高からも想像したりする訳です。

1石=10斗
10斗=100升
100升=1,000合

1合は約180mlですが、それはここでは重要ではありません。
1合は1食で食べるお米の量としての基準として理解してみましょう。

日々ご飯を炊くお母さんや奥さん(女性だけではありませんけども)
それから一人暮らしの経験がある方なら1合の米を炊飯したら
ドンブリ茶碗山盛り程度のご飯が炊ける事は知っていると思います。
茶碗の約2杯強ですね。

photo by:shinichi_otani(photost.jp)
photo by:shinichi_otani(photost.jp)

現代人は平均してそこまでの量を一回の食事では食べないようですが
極端にかけ離れた量ではありません。それに、今よりも
食材が豊かではなかった昔の暮らしでは米の消費量は多かったので、
より感覚的にも近い単位と言えると思います。
そんな身体的に分かり易い1合を起点に話を進めていきます。

1合=1回の食事で食べる米の量として、1石=1,000合ですから
1日3食で333日分の米の量となります。1年(365日)分には少し足りません。
けれども、米1石は1人の人間が1年分の食べる量として
とても理解し易いと思いますね。それから基本的に米は1年に1度収穫しますから
命をつないでいく身体的な感覚として、石は理解し易い単位だと思います。

そのような理解の仕方から考えると
江戸初期の近江の石高は約80万石あったそうですから
単純に80万人分の1年分のご飯が確保できていたと把握して
良いと思います。

江戸初期の日本の総人口は今の1/3〜1/4と言われていますから
近江の人口はどの程度だったのでしょうか?一説には
1600年頃に72万人という資料があります。
その事からも近江は充分飯が食えた豊かな地域であったと
想像できます。そんな事も以前書きました。

<西山八幡神社 豊公薩摩大杉>
<西山八幡神社 豊公薩摩大杉>

さて、この度の東北地方の震災後の津波による
農地の被害は23,600ヘクタールと推計されています。
でもこの面積ピンと来ませんね。

普段こういった数値を事務的に処理している役所の方や
農業に関連した仕事をされている方は感覚的に分かるかもしれません。
けれど、一般人にはどう受け止めて良いのか分かりません。
「私とその数字がどう関係しているのか?」
その数値が身体的な感覚として分かりにくいということです。

身体的に受け止められるように、例えばこの面積が全て田んぼで
お米が取れたと仮定して、ちょっと計算してみることにします。
ざくっとした計算ですので、その辺はご容赦ください。

<田んぼと伊吹山>
<田んぼと伊吹山>

 

===ここから先、計算の過程が面倒な人は読み飛ばして下さい===

平成22年度の農水省の資料では水陸稲の収穫量は
10aあたり522kgとなっています。つまり1haで5.22tです。
先に書いた東北の津波による耕作地被害面積23,600haに
当てはめると推定収穫量は123,192tになります。

でも、約12万トンって言われてもピンと来ないですよね。

では、更にこれを石にまで変換してみましょう。
米1合は約150gとありますから1石はその千倍、
150,000g、つまり0.15tになります。
12万トンを1石(0.15t)で割ると80万石

==============   計算終わり   ==============

つまり、東北の津波で被害にあった耕作地は、
それが全てが田んぼであったと仮定すると
80万人分のお米が取れる程度の面積だったと
表現する事が出来ると思います。

<虎御前、山本山、葛篭尾崎、東山、マキノと福井県境の山並みと続く>
<虎御前、山本山、葛篭尾崎、東山、マキノと福井県境の山並みと続く>

その値には誤差があるでしょう。しかし
被害面積2万3千ヘクタールとか、推定収量12万トンという数値より
80万人分のお米が取れるのと同等の農地が被害にあったという
表現の方が身体的な感覚としては良く理解できるのではないか、
と思うのですね。

石高表現復活したら食料問題ももっと身近になるように思いますが
如何でしょうか?

同等のことですが
例えば正岡子規が書いた「病床六尺」の六尺は1間、つまり畳の長手の長さで、
畳一枚に収まる病床の自分を表しています。昔の家に関する単位は
人間のサイズから基準が取り易く、空間理解もし易いです。

街道の距離を表す「」も歩く時間から平坦な場所や険しい場所によって
1里の距離数が違っていたとの事です。歩いて移動する距離ですから
道路事情が悪かったり、険しかったりすると思うように進めません。
長旅で地理的に不慣れな所でも、時間辺りに進む距離数が近似値だったら
日が暮れるまでに着けるかどうか目測を誤ることも軽減される
とても身体的な単位だったと思います。

<古代のハイウェイ 日本海から近江へ塩がもたらされた道>
<古代のハイウェイ 日本海から近江へ塩がもたらされた道>

科学が人間の幸せに必ずしも結びつかない事故にも
関連して思う事を書いてみました。

以前書いた石の話
==> 「podcast 51 鮒寿司の五大要素の一つ、お米の話から

<外部リンク>
asahi.com 津波で浸水被害を受けた田畑
明治以前の国内における人口の推移
ご飯一杯の重さ
単位 合
単位 里
単位 石
農水省 「平成22年産水陸稲の収穫量」について

岩手のお酒「ALL KOJI 2010」を鮒寿司と共に

2011年4月23日

ここ数日の雨天で滋賀県湖北地方のソメイヨシノは散ってしまいました。
でもまだまだ、桜が楽しめる所がありますよ〜。

<2010.5.9 伊香具神社参道>
<2010.5.9 伊香具神社参道>

澤上篤人さんという投信会社の社長がおられます。
10年以上前になりますが、ある切っ掛けで知る事となりました。
彼が常々講演や著作を通じて言っておられる事を、
この度の震災に際して思い出しています。

お金を増やす事より、使う事の方が難しい
というような事をある講演会で言っておられましたが、
私はその時は意味がよくわかりませんでした。

それは使う=消費と考えていたからですね。
湯水のように消費すればお金は消えていきますし、
そのままの勢いで借金に手を出せば消えていくだけでなく、
ドンドン赤字が増えていく訳です。
使い方としては上手くありません。
そんな事は理屈としては中学生でもわかることですね。

逆に、不景気でデフレが蔓延している普段の生活の中では
如何に消費を安く済ませるか、のみを意識しがちになる
これも一面で事実です。

何かを買う事で、それを売った人にお金が渡り
お金を得た人がそのお金を元手に次の行動を起こす、
といったお金の流れと人の行動といった事を
普段はあまり意識していません。

 

<澤上氏 2009.11 大阪にて>
<澤上氏 2009.11 大阪にて>

では消費ではない使い方はどんな使い方か?

それは使う事によって何かが活かされる、
生き金となる使い方と言えるのでしょう。

今回の震災に際しても、お金の使い方について
改めて色々と思わされる事がありました。

第二次大戦後に焼け野原から復興を目指した日本は
まさに使われた資本によって復興を実現し、
お金は生き金となりました。
そこにはお金を生かす意思があったのだと思います。

<2011.2 東京 台場>
<2011.2 東京 台場>

しかしながら、今回の原発事故が起こる経緯やその後の経過、
また日本のエネルギー政策の背景などを見ていますと、
どこかの時点でお金を生かして使おうという意思が
どこかに貯めていく意思に変わってしまっていたように思えます。

また震災直後は、ある意味興奮した意識の中で多くの日本人が
募金活動に参加し、短期間で一千九百億円もの募金が集りました。
募金を行った人々は私も含めて、被災して苦しむの人々の日々の食事や
暖かい毛布、子供のミルクなどが届くことを想像して、
命が繋がるようにとの願いも込めて募金をしたと思います。

しかしそのお金は今日時点で被災者には渡っていない様です。
ここにも生き金の使い方・使われ方の難しさを感じました。

<2011.2 明治神宮参道>
<2011.2 明治神宮参道>

更に、電力不足の問題も関わりながら日本中が自粛ムードに陥りました。
被災している東北の方々に遠慮しているという面もあると思います。
そんな中、ラジオから岩手の酒蔵南部美人の久慈さんというの方の
声が聞こえてきました。

久慈さんは津波の被害あった岩手の沿岸部を支えていくのは同じ岩手の人間だ。
自分も震災の被害を受けたが、今は自分の所以上に深刻な被害を受けた人々を
助けないといけないと話されていました。

その為にも東北の経済を少しでも動かしていかなければならない。
義援金も有り難いのだが普段買う物の少しでも東北の物を買って
東北の経済の流れを支えてほしい、というような事を話されていました。

今回の震災に際してお金が生き金として使われる(経済が回る)
具体的なイメージが見えたようでした。
その後ラジオ番組やネットのニュースなどでも久慈さんの訴えが
何度か取り上げられ、またtwitterをされている事も知りました。

私は久慈さんを見つけてフォローしました。すると久慈さんからも
私へのフォローがあり、直接南部美人について問い合わせてみました。

鮒寿司のオフ会を企画しています。
その席に南部美人も使わせて頂こうと考えています。
鮒寿司に合う甘みのある濃い酒を教えて頂ければ幸いです

すると、久慈さんから
甘みのあり濃い酒でしたら「ALL KOJI 2010」がお勧めです。
日本酒度マイナス20、酸度3.5、アミノ酸3.0という超濃い酒です。
田島屋酒店で売っています。

と返事を頂きました。
早速ネット注文をしました。
(実はネット担当者がダウンされていて注文が受けられておらず
数日後改めて電話注文したのですが)

本日、その酒が届きました。

<岩手 南部美人 ALL KOJI 2010>
<岩手 南部美人 ALL KOJI 2010>

私は酒が飲めないのですが、5月15日の鮒寿司オフ会の参加者に
味わって頂こうと思います。そして酒を飲み、鮒寿司を味わう中で
参加者の方々と色んな話をしたいと思っています。

うだうだ書いたわりには、たいした事してないですね(^^ゞ
長話、お付合い頂きありがとうございました。

<鮒寿司オフ会の会場の子民家 参加をお待ちしております>
<鮒寿司オフ会の会場の子民家 参加をお待ちしております>

<内部リンク>
鮒寿司オフ会の話

<外部リンク>
田島屋酒店
賤ヶ岳、伊香具神社のその他の写真
澤上篤人さんのブログ
自粛と経済 「普通に暮らす」が応援に 東日本大震災
・twitter久慈さんのアカウント @nanbubijinsake

podcast 73 今回はお米をテーマに話をしてみました

2011年4月15日

(↓黄緑色の三角をクリックすると音声が流れます)

今回はお米の話から思いついた事を話してみました。
BGMは窓を開けて録音した庭の音です

PRESIDENT プレジデントに鮒寿司アイスが掲載されました

2011年4月12日

2月に出店してきた東京ギフトショーの主催の
株式会社ビジネスガイド社の雑誌、PRESIDENTに
鮒寿司アイスが掲載されました。

<PRESIDENT2011年4.18号><PRESIDENT2011年4.18号>

【関連記事】
podcast 68 20万人が来場する東京ギフトショーに出店

外部リンク
PRESIDENT2011年4.18号