ただ30年ものの熟れずしを食べるためだけに新宮市へ 3/3

2011年8月6日

前回(〜新宮市へ 2)からの続きです。

新宮市内にある東宝茶屋は熊野大橋を渡ってすぐです。


より大きな地図で 鮒寿司の壁 マップ を表示

<東宝茶屋>
<東宝茶屋>

3時過ぎに店に入りましたが、丁度お客は私一人だけでした。
私は「さんまの馴れ鮓」と「30年もののさんまの馴れ鮓」を注文しました。
そして滋賀県から来た事と、鮒寿司も好きであることを告げました。

滋賀県からお越しですか、それなら馴れ鮓も
発酵の進んだものの方が良いですかね〜

通常、さんまの馴れ鮓は3週間から1か月程で
仕上げるそうですが、3ヶ月程発酵したものを
出して頂きました。

<さんまの馴れ鮓>
<さんまの馴れ鮓>

予想していたよりもアッサリした味でした。
そうは言えど酸味、旨味もシッカリあります。
口に含むと発酵飯の酸味で口の中に唾液が
ジュワ〜ッと溢れてきました。

塩は控えめにしてあるので、
少し唐辛子の入った醤油を付けてることをすすめられました。
醤油につけて食べると酸味と塩味が馴染んで
味がまろやかになるのだそうです。
実際、味がまろやかになって、より美味しくなります。

ご主人の話によると、元々は熊野川両岸の
山間部の集落での鮎を漬けた鮎鮓が主だったようです。
時々海で獲れるさんまも塩漬けにして山間部へと
運ばれて行ってはいましたが、メインは鮎でした。

ところがいつの間にかさんま鮓が有名になってしまって
この辺りの熟れ寿司の代表になってしまっていたとの事です。

また、
この辺りは滋賀県と違ってお米の収量も少なく
茶粥で薄めて食べていた程でした。

それで発酵にご飯をつかうとしても、発酵飯を
廃棄物扱いせず、極力ご飯も食べられるようにとの
思いも強かったようです。

鮒寿司に比べ、さんまの馴れ鮓は
通常は3週間から1月程度と発酵の期間も短く
いわゆる早熟れというジャンルになります。

馴れ寿司から江戸前寿司への系譜上での理屈として
段々人がせっかちになってきて、
何ヶ月もかかる馴れ寿司では待ち切れずに、
より早く食べられるようにと改良されていった〜
との説明をされている本等もあります。

しかし、そのように早く食べたい欲望による
改良や変化だけでなく、この地方のように
収量の少ないご飯を余す事なく食べたい欲望による
改良も大きく影響を及ぼしているように思いました。

ご飯も沢山食べたいとの思いを叶えようと思えば
発酵に使うと言えども、あまり塩辛いご飯では量は食べられません。
また現代では冷蔵庫などの文明の力もありますから
塩の力だけで発酵を調整する必要もなくなりました。

そのような経緯の上に現在のさんまの馴れ寿司が
あるのでしょう。

それから、この辺りのさんまは
北の海から南下してきて脂が抜けているのだそうです。
それで焼き魚には向かないが、かえって脂がない分
馴れ鮓にすると酸化せず美味しく仕上がるのだそうです。
鮎鮓も落ち鮎を使うので理屈は同じだそうです。
馴れ鮓は短所を長所に変える魔法の技ですね〜。

熟れ寿司における脂の関係は注目していませんでしたが
鮒寿司も子持ちのメスを好むのは、身の脂分が
卵へ移ってしまった脂抜けの身の方が発酵による変成で
旨味が増すと昔の人々が感じた結果なのでしょうか?
そんな事をフと思いました。

色々話を伺って、
この辺りの環境的な条件が、このように
さんまの熟れ鮓を形作っていったのだなぁと
私は実感したのでした。

さて、今回のメインの目的の
「30年もののさんまの馴れ鮓」ですが、
ほんのり僅かに魚臭は残るもののヨーグルトのような
味わいで中々乙な味でした。

こちらも塩分が少なめな分、柚七味を加えた醤油を
すこし加えると美味しさが倍増します。

<30年もののサンマの馴れ鮓 ドロドロの液体>
<30年もののサンマの馴れ鮓 ドロドロの液体>

貸し切り状態でしたので、色々突っ込んで話を伺いましたが
鮒寿司とさんまの馴れ鮓の大きな違いは、漬ける時期が違います。
鮒寿司は一般的には夏場に、さんまの馴れ鮓は冬場だそうです。
これは大きな違いです。
(古い文献では鮒寿司も年中漬けている記録もあるそうですが)

そして、発酵した桶を口開けしたら
全てその桶の馴れ鮓は取り出して、
その後は冷蔵保存だそうです。

取り出した発酵飯も冷蔵保存で糠床のように
適度に空気を混ぜ込む事を繰り返して
保存していくのだそうです。

鮒寿司では空気は触れてはいけないような
考え方が主流だと思います。しかし、乳酸菌自体は
酸素はあってもなくても繁殖すると
滋賀県工業技術総合センターで伺った事もあります。

空気の役割と鮒寿司の乳酸菌については
一考の価値ありだと思いますね〜。

さて、30年ものの馴れ鮓がどのように生まれたか、ですが
さんまの馴れ鮓は元々はこの辺りの家庭料理でしたが
ご主人のおばあさんが店のレパートリーとしても
作られていたそうです。しかし、当初は殆ど売れず
腐らせてしまう事も多かったようです。

さんまはダメにしてしまうけれど、発酵したご飯は
勿体ないからと桶に集めて寝かせていたものを
先代が舐めて、これは酒のつまみに良いわ!と
発酵飯の魅力を新発見(再発見)したそうです。

そして、それが30年ものの馴れ鮓へと
商品化していったとの事です。これもご飯に対する執着が
滋賀県人以上にあった結果の産物なのでしょうね。

あ〜、馴れ鮓の成れの果てがこんなにも魅力的な
味になるのであれば、鮒寿司でも是非こんな成れの果ての
液体を作ってみたいと思うのでありました。
そして私は土産に30年ものの馴れ鮓の壷を買ったのでありました。

前回の記事 ==> 〜新宮市へ 2 

東宝茶屋

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Comments (9)

高原正成8月 7th, 2011 at 9:34 午前

 酢と塩に醤油は、梅干しに醤油をつけると旨い、と同列でしょうか。和歌山と梅干し、とは関係なく。
 しかし、早熟れさんま、頂いて見たい気もします。

冨岡8月 7th, 2011 at 11:45 午前

高原いつもコメントありがとうございます。
発酵の鮓といえども早熟れなので、主食としてもいけます。
私は一匹まるまる食べてしまいました。

私が食べたさんまの馴れ寿司は通常お客さんが
食べるものよりは、やや発酵が進んだものです。
けれど、ご飯は発酵が進むと形が崩れて寿司として整わないので、
発酵の若いものに入れ替えるようです。

ご飯に対する考え方が勉強になります。

酸味、旨味、塩味など、そのバランスや工夫の仕方も
奥が深いですね〜。

総右江門8月 9th, 2011 at 7:33 午前

こんにちは、総右江門です。
初めに驚いたのが、30年ということです。
梅干しの30年物とかいうのは何度か聞いたことがありますが、
30年ものの馴れ鮓とはこの時間の間、ただ眠り続けるという感じで
それから起きるのは食べる時だけ。
最高のぜいたくのように思えました。
つぎに、この目的のために片道5時間余の自動車の運転ということ
自分は半径10キロの運転でもういいでしょうとなるのでさらに驚きました。
体調に気を付けてください。

冨岡8月 9th, 2011 at 9:57 午後

総右江門さま、
コメントありがとうございます。

店のご主人に話を伺った所、ワイン等のように
ただ30年間寝かせている訳ではないようです。
どちらかと言うと、漬け物と同じで30年間
糠床を守ってきた、そんな感じです。

私は基本的に車の運転は好きではなくて、
乗せてもらうか電車を利用する方が好きです。
しかし、一緒に行こうという好き者はいないし
(いや、いなくはないけどタイミングが合わない)
電車(亀山ー新宮間は非電化だから汽車ですか)は
逆に時間がかかる。

ゆえに車で行くしか仕方が無いのでありました。
道中はpodcastのネットラジオ聞きながらですから、
退屈はしませんでした。R42もとても走りやすい道です。

高橋傘音8月 13th, 2011 at 1:20 午前

富岡さん、運転お疲れ様でした。
総右江門さんがおっしゃってますが、体調気をつけてくださいましな。(こんな時間にパソコンしてる私が人に言えた立場じゃないですが 汗)

冷蔵庫が普通にある生活をしていると、元来は塩の力だけで云十年もたせられる馴れずしは本当にすごい発明ですね。30年も経たものともなると、興味も味わいも深いでしょうねぇ…いいですね~。

>『発酵したご飯は勿体ないからと桶に集めて寝かせていたものを先代が舐めて、これは酒のつまみに良いわ!と発酵飯の魅力を新発見(再発見)した』

←この気持ち解ります!
お粥など、私は結構お鍋でお米を料理してしまうので、なれ鮓づくりでも煮たご飯(糊)を使った事がありました。(あれ?書きましたっけ。記憶があいまいですが)
その時のご飯が「発酵糊」になって、どろどろの食感と複雑な味が同居してとても美味しかったです^^
熟成加減のみならず塩加減も全然違うと思いますが…、食感は似たようなものかと。

自家製のなれ鮓のご飯も糠床のようにしたいのですが、ついつい食べてしまいます。食べないようにするのは精神力が必要で難しいと思うのですが、どうなんでしょう?^^;

高橋傘音8月 13th, 2011 at 1:21 午前

念のため。追伸:
お返事は大変だと思うので、無理しないでくださいね。

冨岡8月 13th, 2011 at 5:44 午後

高橋様

鮒寿司を考える時に、思考を自然に任せると鮒中心に物事を考えがちですが
ご飯を中心に物事を考えると、いままでと違った視点が開けて面白いですね。

櫻井信也8月 15th, 2011 at 10:50 午前

興味深く拝読しました。冨岡さんの探求心に感服しています。
基本的なところでわからないことがあるのですが、①このサンマは、背開きもしくは腹開きなのでしょうか。②ご報告には「通常、さんまの馴れ鮓は3週間から1か月程で上げるそうですが、3ヶ月程発酵したものを出して頂きました」、また「通常は3週間から1月程度と発酵の期間も短くいわゆる早熟れというジャンルになります」とあります。3週間から1か月なら「早熟れ」、おそらく、ご飯も一緒に食べる「生成れ」ということかと思いますが、高原さんのコメントに対する冨岡さんのお返事には「ご飯は発酵が進むと形が崩れて寿司として整わないので、発酵の若いものに入れ替えるようです」とあります。3か月もたてば、現在の滋賀県の「ふなずし」のように「早熟れ」ではないと思うのですが、あくまでご飯を一緒に食べるのでしょうか。或いは、さらに漬け込み期間を長くすれば、「ふなずし」と同じようになるということでしょうか。
現在は聞きませんが、室町時代から江戸時代の史料には、「生成れの鮒鮓」というものがあり、その関係に興味を抱いています。ご教示を賜れば幸甚です。

冨岡8月 19th, 2011 at 2:03 午後

櫻井様
コメントありがとうございます。

1、サンマは背開きですね。

2、寿司の分類については、はたしてそれが正しいのかどうか
わからない部分もありますが、時間で区別すれば
ホンナレに近いのかもしれませんが、ご飯を一緒に食べるかで
区別すればナマナレに近いのではないかと思います。

いずれにせよ、それを定義付けるのは、物事の一面だけを
捉えてしまう結果になるのではと思う事があります。

ウィキペディアでは
http://wffc-jp.com/r-nbr
〜「ナマナレが現代に多く残った理由として、発酵時間が短く、早く食べられることが
挙げられようが、日比野光敏著『すしの貌』では「米を捨ててしまうのがもったいない」
という感覚もあったのではないかと指摘している」〜

とありますが、新宮で聞いた話では、どちらかといえば「早く食べたい」より
「ご飯を捨てるのがもったいない」という動機の方が大きいように思いました。
「早く食べたい」が優先するのは平和な飽食の時代の発想ではなかろうかと
思えました。

鮒寿司も背開きか腹開きにして熟れ易くすれば、サンマの熟鮓と似たような
仕上がりになるのではと思います。実際に守山の漁師さんがニゴイなど
大型の琵琶湖の淡水魚の熟鮓を漬けておられますが、それらは三枚におろして
漬けておられました。

参考になれば幸いです。

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