滋賀県湖北の冬から春へ〜 オコナイ
2012年2月15日
滋賀県湖北地方はまだまだ地表は雪に被われていて
空は鉛色にどんより重く、吹く風も差すように冷たいです。
春の兆しはまだありません。けれど、
その気配が日に日に近づいているのを感じています。
滋賀県湖北地方は雪国です。
近年の積雪量はそう多くないですが
それでも山間部では近畿地方で唯一の
特別豪雪地帯に指定されているほどです。
雪に埋もれて生活する暮らしは、そうでない所に比べ
春を待ち望む気持ちがより大きいと思います。
今でこそ、私たちは気晴らしに雪の無い暖かい地域へと
気軽に出掛けられたりできます。
けれど、そう気軽に地域外へ移動が出来なかった
昔の人々は尚更、春を待ち望んだ事だったと思います。
そんな地域柄が育んできた文化というものが
湖北地方にはあります。
それは「オコナイ」と呼ばれる宗教行事です。
オコナイは各集落単位で行われ、
開催日は1月から3月まで各集落でまちまちです。
神式もあれば仏式もあります。
各神社やお寺の年中行事ではなく
あくまで集落の行事なんですね。
私の集落では2月の第2日曜日に(以前は2月14日と決まっていた)
11組に別れた、それぞれの組の当番宿から鏡餅と神酒を持ち、
鐘を叩き鳴らしながら行列を成して神社に向かいます。
神社で11組の氏子が一堂に会し祭儀を行います。
オコナイの起源や意味につては色々な見解がありますが
定かな事は私には分かりません。
2月の第2週とは、二四節気でいう
「立春」と「雨水」のあいだの頃となります。
「立春(2月4日頃」は冬至と春分の中間に当たり、
暦の上ではこの日が寒さの頂点となるとの事です。
また、「雨水(2月19日頃)」は空から降るものが
雪から雨に変わって雪が溶け始めるころとの事です。
「雨水」を迎える頃になると暖かい地方では春一番が吹き、
鶯の鳴き声が聞こえ始める地域もあるそうで、
昔から農耕の準備を始める目安とされてきたそうですね。
私の集落でのオコナイのある2月の第2週頃は
天気が荒れて雪が降る、と昔から言われていますが
今年のオコナイはまさにそんな天候でした。
私は昨年一年間、集落の役員として
深く集落のマツリゴトに関わってきました。
役員の仕事を通じて、オコナイの祭事は
冬の峠を超えてこれから春に向かう大きな節目を
実感する日なのだと、改めて感じました。
その感覚は、この地で何百年、千数百年と農耕を繰り返して来た
先祖の人々とも、思いが重なるように思います。
この時期、これから春を迎えるにあたって命の再生を予感し、
五穀豊穣を先取りして祈る、そんな感じでしょうか。
それから、マツリゴトの人事の節目として
これから始まる一年、またはこれまでの終わった一年をハッキリと実感する。
これも代々受け継がれて来たオコナイのあり方だと思います。
そうやって、集落の同一性と持続性が
保たれて来たのだと思いました。
季節は巡りますが、一年前とは同じではありません。
四季は螺旋状に繰り返し、私たちは年を経ます。
はてさて
以上に書いた事は、農業と共にあった千数百年来の
日本が日本である所以の根幹の部分だと思うんですね〜。
「農業と共にある」とは頭や感情で分かっていても
実際に生産農家として生計を立てているのは私の集落では1%程です。
湖北全域、どこも似たり寄ったりではないでしょうか。
少なからざる地元の人々にとって、オコナイという仕組みと
自分のライフスタイルが共振しなくなっているとしても、
それは仕方ない事なのかもしれません。
けれど
律令以前からあった鮒寿司が「臭い」だの「高い」だの
一部で言われながらも、未だに商売だけでなく
一般家庭でも存続しているように、
オコナイが各集落の農業から離れた人々によって
今なお自律的に存続している事実。
滋賀という地域、またその湖北という地域に、
日本のルーツにまで遡れるような
大いなる不易があるように思えます。
いかがでしょうかぁ?
<外部リンク 〜 こんな本が参考になります>
近江の宮座とオコナイ (日本宗教民俗学叢書)
近江祭礼風土記 (1960年)